February 08, 2003

「食パン」の食とは何なのであるか。
というきわめて素朴な、新年一発目とは思えない疑問からこの企画はスタートした。
そもそもは、おれに、「『しょくぱん』のショクって「食」でええんかな? でもさ、食べれないパンなんてないのに、なんでわざわざ「食」ってつけるんやろね? としたら、アンパンマンも食パンマンも結局食パンマンになるでしょ」って聞いてきたやつが発端である。 

さあ、久しぶりに、何の役にも立たない調べものシリーズのスタートだっ。
こういうのはWebでちゃっちゃと検索すれば、見事にヒットするであろう。…けっこうあるんだこれが。


曰く。
(前略)ある時、パン同士の自慢大会があり、アンパンやジャムパンなどは、 自分のあんや、ジャムなどを大いに自慢したが、食パンは何も自慢するものがなくショックを受けていました。その時から、パン仲間の中でショックパンと呼ばれ始め、それが訛ってショクパンと呼ばれるようになったと言うことです。(爆)

…。
…。
…。やってくれたね、ブラザー。
念のために申し添えておきますが、決して考え出したのはおれではない。どこをどう間違えてもおれではない。お願いだからおれではない。んー、とりあえずおれではない。
(爆)。


またまた、曰く。
食パンをよく見ると小さな穴がいくつもあいています。
あれは成長した酵母が食べた後です。そうです、食パンの「食」は酵母が食べたと言う意味の「食」なのです(以下略)。

いやぁ、いますねこういうの。妙にこざかしいてめえの知識を披露して、結果としてそれが間違っているというケース。すごく簡単に言うと、『知ったかぶり』となります。たまに電車の中でこういうやつに出くわすとこっちが恥ずかしくなるようなタイプ。


結局はこういうことらしい。

パンが生まれたのは6000年前ですが、日本に最初に伝わったのは今から400年前、ポルトガル人によって、種子島に鉄砲とともにやってきました。
日本人によって焼かれた最初のパンは、1842(天保13)年、「パンの祖」といわれる江川太郎左衛門が作ったものでした。
幕末になると、幕府の援助を受けてフランス人が横浜でベーカリーを開店し、フランスパンが出 回り始めました。ところが、明治維新が起こり薩摩と長州が中心となって明治政府が誕生しました。その際、パンの世界にも維新が起こりました。実はこの薩摩と長州はイギリスの支援を受けて いたため、フランスパンは隅に追いやられて、イギリスパン、今でいうところの山型の食パンがとって代わることになりました。
その後、第二次世界大戦の後、アメリカ式の大量生産型のパン=効率よく焼くために型に蓋をして作る四角い食パンが導入されて、日本国内に広がっていきました。これが今の食パンにあたり ます。 ただ、一般の人に広く浸透した最初のパンは、食パンではなく菓子パンでした。その菓子パンとは、ご存知、木村屋のアンパンです。食パンが広がったのは、これより後のことで、凶作でお 米の 値段が上がり各地で暴動が起きていた1890年のことです。このときから、お米の代わりとして食パンに砂糖しょうゆを塗って、食べられるようになりました。
このように、日本では、フランスパンではなく食パンが根付き、また菓子パンの次に食パンが広がったという歴史があります。
さて、なぜわざわざ「食」を付けたかという疑問についてですが、 こんな理由がありました。「食パ ン」という名前がつけられたのは明治時代のこと。当時は、菓子パン=木村屋のアンパンの方が先に知られていたために「主食用のパン」という意味から「食パン」と命名されたということです。


ついでにパンの歴史もお勉強しましょうね。
やっぱり黒のセーターでは、小便器のセンサが反応しませんでしたよ。